"ほぼ日"のダメ出しで変わった気仙沼観光|経速ナビ

2017年08月19日

"ほぼ日"のダメ出しで変わった気仙沼観光

1: 名無しさん 2017年08月19日 11:15:00 ID:0.net

"ほぼ日"のダメ出しで変わった気仙沼観光
宮城県気仙沼市が、地域一体となった「観光経営」に取り組んでいる。きっかけのひとつは、「ほぼ日」を運営する糸井重里さんからのダメ出しだった。「風光明媚で、食がおいしい」は至るところにある。気仙沼が目指すべき観光とはどんなものか。2012年以来、5年半ぶりに当地を取材した経済ジャーナリストがリポートする――。

■本気のイベントだから「すべて有料」に

本格的な「夏の行楽シーズン」を迎え、国内の観光地が集客に力を入れている。各地の商業施設や観光施設が独自で行うケースもあれば、地域一体で取り組むケースもある。後者の取り組みで興味深いのが、宮城県気仙沼市だ。太平洋沿岸の漁業が盛んな街で、学校の授業で習った「リアス式海岸」でも知られる。

現在、気仙沼が行うのが「ちょいのぞき気仙沼」というイベントだ。7月から9月までの夏季メニューを実施中だが、10月以降も継続予定となっている。現地で配られる小冊子には、日時を記したカレンダーと簡単なイベント内容が紹介されている。

たとえば8月13日と20日の日曜日には「氷の水族館の舞台裏を探検!」(一般1450円、小学生800円、未就学児無料)という企画がある。6年ぶりに復活した人気施設「氷の水族館」の裏側をのぞき、マイナス10℃の冷凍庫に入る体験も行う。9月3日(日)には「モーターパラグライダー遊覧飛行体験」(一般8000円、小学生7000円、未就学児7000円)が開催予定で、インストラクターと一緒にパラグライダー飛行ができる。

ホテルで見かける「期間限定イベント」をまとめた形だが、すべて有料なのも特徴だ。その狙いを気仙沼商工会議所の菅原昭彦会頭(老舗蔵元・男山本店社長)はこう語る。

「有料にしたのは、実施する側が本気になるからです。企画する各社の方にも『顧客満足と利益確保が両立できる、おもてなしイベントにしよう』と話しています」

■冊子が30種類も重複していた

「ちょいのぞき」というキャッチコピーも、これまでの反省からきたものだ。

「観光訴求を打ち出すために、過去のパンフレットを見直ししたところ、同じような冊子が30種類も重複していました。観光業者に説明に行った時も『気仙沼は何を考えているのか、非常にわかりにくい』と言われたこともあります。そこで私よりも若い30代や40代の発想も生かし、お客さんに訴求できる見せ方を考えていきました」(菅原氏)

そう話す菅原氏もまだ55歳。商工会議所の会頭就任は51歳で、地方の商工会会頭としては屈指の若さだ。これも取り組みの柔軟性を後押ししていると感じる。

■「風光明媚」「おいしい食」ではダメ

リアス式海岸が美しい気仙沼は、東日本大震災後の大津波で壊滅的な被害を受けた。一方で震災後、さまざまな支援に立ち上がった著名人や一般人との出会いが、現地の人の刺激となり、活動の見直しにもつながった。

たとえば「ほぼ日刊イトイ新聞」(ほぼ日)を運営する糸井重里氏(コピーライター)は、震災の年に気仙沼支社を開設し、インターネットサイト「気仙沼のほぼ日」を発信している。観光誘致の事務局「一般社団法人・気仙沼地域戦略」の理事を務める小野寺靖忠氏(オノデラコーポレーション専務。通称ヤチさん)は、最初に糸井氏をクルマで市内に案内した時、厳しい指摘を受けた。

「ヤチ君ね、ぼくはいろんな土地に行ったけど『風光明媚で、食がおいしい』という街は日本中至るところにあるんだよ」

震災前から、本業の「アンカーコーヒー」運営を通じて地域活動を続ける小野寺氏は、この言葉で「具体性のある体験型訴求」を考え直す。他の人たちにも共有されていった。

■リクルートに学んだ伝え方

また、経済同友会が派遣した各企業から出向する実務家との交流も刺激となった。その1人に小野寺氏と同じ42歳で「戦略会議」の理事も務める森成人氏(リクルートライフスタイル「じゃらんリサーチセンター」研究員)がいる。大阪府出身の森氏は、地縁のなかった土地で“気仙沼人”として活動する。菅原会頭が出向者の役割をこう明かす。

「これまで、地元の人間は情報の伝え方が上手ではありませんでした。商品開発や売れる仕組みづくりでも、各企業の実務で鍛えられた出向人材の知見に学んでいます」

森氏に限らず、気仙沼の情報発信には少なからずリクルートの影響も受けている。「ちょいのぞき」というネーミングも、旅行メディア「じゃらん」を思わせる。

■「水産」「観光」を連動させた地元企業

もともと漁業の街である気仙沼は、地域経済の8割を占めていた「水産業」が震災と津波で95%の製造・貯蔵設備が被災するという壊滅的な打撃を受けた。6年がたち、徐々に回復してきたが、震災以前には戻り切っていない。そこでもう1つの地域資源である「観光業」の強化を図るのだ。

実は、気仙沼にはモデルケースとなる会社がある。地元大手企業の阿部長商店だ。水産事業部と観光事業部が事業の柱で、観光部門では気仙沼市と南三陸町に「ホテル観洋」など3つのホテルを運営する。地震と津波で、水産加工工場9拠点中8拠点が被害を受けたが立ち直り、前期の売上高は約142億円と震災前の売上高に並んだ。

復活要因には、気仙沼の特産物を一般消費者向けに新開発した食品もある。たとえば震災後に手がけた「気仙沼ふかひれ濃縮スープ」(ホテル観洋グループ総料理長監修)や、「ajillo×アヒージョ」シリーズは大ヒットとなった。水産部門と観光部門が連携した成功体験があるのだ。他社と地域一体活動も行う、社長の阿部泰浩氏(54歳)はこう話す。

「気仙沼の『観光経営』には、当社の取り組みも“縮図”となるように思います。地元の観光意識も変わり、『気仙沼には何々の特徴があります』と具体的になりました」

■生鮮カツオ20年連続日本一だが…

地元食材を使った具体的な訴求が「気仙沼メカ×カレー」だ。全国の生鮮水揚げ量の7割以上を占める「メカジキ」をカレーの具材に使ったもの。市内のカフェや飲食店ではカレーライスだけでなく、カレー味の唐揚げやカレー風味のソースカツ丼といったメニューもある。

「もう1つの気仙沼名物『サメ(フカヒレ)』と同じ漁船で捕獲でき、一年を通じてとれるのもメカジキの強みです。地元では肉代わりの食材としても使われるので、夏以外の時期は『メカしゃぶ』『メカすき』といった鍋物メニューも開発しました」(菅原氏)

「冬に弱い気仙沼」という短所の克服も目指す。阿部長が運営するホテルには天然温泉もあり、イベントや食と一体の宿泊で、冬でも観光訴求ができるようになった。

ただし、活動は道半ばだ。生鮮カツオ20年連続日本一を誇り、今年から毎年7月の第3月曜日の「海の日」を「気仙沼かつおの日」と定めたが、7月20日(海の日)当日は盛り上がらなかったのだ。準備不足も原因だったが、取り組みへの課題と反省点が残った。

■国を当てにしても「復興は進まない」

ここまで商工会議所や民間企業の取り組みを紹介してきたが、気仙沼は観光庁が定義した「日本版DMO」の先進地域でもある。「DMO」はDestination(目的地)、Management(管理)/Marketing(マーケティング)、Organization(組織)の頭文字だが、まだ世間一般には浸透していない。当地では著名な食堂の店長も「聞いたこともない」ということだったので、本稿では最初に使用することを避けた。

「DMO候補法人」(観光庁の表現)に登録しながら、あまり国を当てにせずに観光客誘致に取り組むのは、2つの危機感があるからだ。

1つは「宿泊者人口の中身」への危機感だ。2016年に気仙沼市の宿泊人数は44万4196人と、平成以降で最高を記録したが、「復興関連宿泊客」が5割近く(47.4%)を占めた。観光客も前年比10%増だが“復興関連需要”が消える前の「今」が勝負なのだ。

■どうせなら、儲かって、面白く

もう1つは「居住人口減少」への危機感だ。市の人口は6万5,289人(2017年6月末現在)で、最盛期(1980年)より約2万7000人減、震災前年より約8000人減った。

「被災後に生活再建のために出て行った人を呼び戻そうとしても難しい。それよりも、支援などで知り合った人や地域と連携して、気仙沼を活性化させる姿勢が大切です」

阿部長社長の阿部氏はこう話し、自社も地域も「新たな出会い」の強化に努める。その象徴が大分県別府市にある立命館アジア太平洋大学(APU)との連携だ。留学生が半数を占めるAPUの在学生を、地元企業のインターンとしても受け入れ、三陸の海産物をアセアン地域に輸出する際には、卒業生や大学関係者に通訳などの支援業務もしてもらう。

実は筆者は、震災の傷跡が生々しい2012年2月に気仙沼を取材し、津波で流された大型漁船「第18共徳丸」(現在は撤収)を案内してもらった経験もある。「復興事業に生かそうと補助金を申請したら、『復旧事業にしか使えない』と却下された」という残念な話も聞いてきた。関係者からは「できることは自発的に取り組む」意識がうかがえる。

「DMOという言葉はわかりにくいので、言い換えたほうがよいのでは」という筆者の問いかけに、商工会会頭の菅原氏はこう答えた。

「『D=どうせなら、M=儲かって、O=面白く』でしょうね。面白く活動ができ、利益を生む観光経営にしていかないと、次の世代への伝承もできず、長続きしませんから」

「水産業」と「観光業」の連携で、街を本格復興できるか。その担い手は「被災地の同情に甘える時期は過ぎた」と、一体になって取り組む地元者と余所者(よそもの)だ。それが新しい“気仙沼市民”を増やすことになる。

----------

経済ジャーナリスト・経営コンサルタント高井尚之(たかい・なおゆき)
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『なぜ、コメダ珈琲店はいつも行列なのか?』(プレジデント社)がある。

----------

(経済ジャーナリスト高井尚之)

名前 :
http://keisoku-navi.com/