世界遺産ならぬ「日本遺産」で地域活性化|経速ナビ

2017年10月20日

世界遺産ならぬ「日本遺産」で地域活性化

1: 名無しさん 2017年10月20日 15:00:00 ID:0.net

世界遺産ならぬ「日本遺産」で地域活性化
放送作家・脚本家の小山薫堂が「有意義なお金の使い方」を妄想する連載第26回。文化庁発「日本遺産」の審査員を務める筆者が、政府に頼らずに日本遺産を活性化する方法を考えた。

先日、東京のJ-WAVEで、「京都」をどこよりも深く掘り下げるスペシャルプログラム「KYOTOIS…」という2時間のラジオ番組を放送した。ナビゲーターは、企画・取材を担当した僕と、KBS京都の竹内弘一アナウンサーのふたり。東京のFM局と京都のAM局が組んで放送するという、なかなか画期的なコラボレーションだった。

番組では「継承と進化を語る京都人」として、かねてより懇意にしている京都の方々に出演していただいた。それぞれの経験に基づいた楽しいお話だったが、皆さんに共通していたことがひとつある。「京都は、人とは違うユニークな試み、魂のこもったチャレンジに対しては、たとえ結果が失敗だったとしても賞賛するし、フォローもする。逆に中途半端に何かをしようとする人は弾き出される」ということだ。

1689年から続く八ッ橋老舗ブランドのなかでも最古参の聖護院八ッ橋総本店。専務取締役を務める鈴鹿可奈子さんは、2011年に「nikiniki」というブランドを立ち上げた。カラフルなアート作品のようで、見かけは八ッ橋には見えないが、食べると間違いなくニッキの懐かしい味がする。

だが、鈴鹿さんはこれまでの八ッ橋を否定し、奇をてらったわけではない。「これは八ッ橋への愛なんです」とご自身が仰っていたが、もっと多くの人に八ッ橋を食べてほしくて、そのためのきっかけになればと新商品を開発したのである。

僕も正直、「八ッ橋ってこんなにおいしかったんだ」とあらためて思った。ちなみに八ッ橋の歴史をひもとけば、生八ッ橋は1960年、たかだか50余年前に開発されたもの。お琴の形に似せた干菓子が250年以上続いたあとの、かなり革新的な新参者が、いまでは八ッ橋の”顔”になったわけだ。

僕はまだ行ったことがないのだが、祇園に「浜作」という割烹がある。ここのご主人が書かれた『京料理の品格』という本に、ウィンストン・チャーチルの言葉が引用されていた。曰く、「伝統がなければ、芸術は羊飼いのいない羊の群れにすぎず、革新がなければそれはただの死体である」。

浜作のご主人も、聖護院八ッ橋の鈴鹿さんも、自らが羊飼いとなって、魂のこもった革新にチャレンジし続けているのだと思う。だからこそ、それは受け入れられ、支持され、愛されるのだ。

日本の文化は桶がつくってきた

中川木工芸の三代目、桶職人の中川周士(しゅうじ)さんのお話もたいへん興味深いものだった。

彼の祖父が手習いだった70〜80年前までは、桶をつくる工房は京都市内に250軒ほどあったが、いまでは3、4軒しか残っていないという。「このままでは桶という伝統工芸がすべて無に帰す」と感じた中川さんは、現在、料亭や高級旅館からの伝統的な桶の注文に応じるほか、洋の食卓でも使えるモダンデザインの桶も精力的につくっている。そんななか試行錯誤してつくりあげたのが、楕円の形が斬新なシャンパンクーラー「Konoha(このは)」だ。僕は、この美と機能が融合した新しい”桶”にすっかり魅せられた。

その中川さん、そもそも日本の文化は桶がつくってきたのだという。子が誕生すると、まずたらいで沐浴をさせられる。食卓では、飯が釜からおひつに移される。味噌も醤油も木桶に貯蔵されている。風呂桶に浸かり、死ぬときは棺桶に入る。「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざが象徴するように、日本人の生活は”桶”が支えていたのだ。

そんな話を聞きながら、物から遡って理解する歴史は深い、と僕は思った。物だけではない、街、人、文化からでも歴史は遡ることができる。歴史の教科書もそんなふうにつくられていると、興味深い内容になるのではないだろうか。通常の日本史は、縄文時代から始まり、江戸時代までを時系列的に淡々と学び、近代にいたってはサクッと知るだけだ。だが、いまの時代にとって大切なのは、むしろ明治・大正・昭和の時代ではないか。

だから、教科書もむしろ現代から始めてみる。いまこうなっている理由はここにあり……と遡り、そこから先に進めなくなったら現代にまた戻る。関連するものをつなぐことで歴史を編み直すのである。そのほうが学ぶ目的がある気がするし、いま自分たちが生きている実感も得られるように思う。

地方に伝わるストーリーを遺産に

まさしくこの関連するものをつないで歴史を編み直したものが、15年から始まった「日本遺産」である。

「保存から活用の時代へ」と方針転換した文化庁は、地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリーを「日本遺産」として認定しはじめた。世界遺産登録や文化財指定との違いは何かというと、それらはいずれも指定される文化財(文化遺産)の価値付けを行い、保護を担保することを目的とするが、日本遺産は地域に点在する遺産を「面」として活用し、発信することで、地域活性化を図ることを目的としている。

簡単にいうと、「熊本城」「富士山」みたいな単品ではなく、「かかあ天下ーぐんまの絹物語ー」「日本茶800年の歴史散歩」のように、文化や伝承が育まれた地のストーリーそのものなのである。ちなみにこれまでに認定された日本遺産は54。今年度予算はなんと13億5000万円が計上されている。

僕は日本遺産の審査員を務めているのだが、ユニークだなと思う点は、その地を訪れることにより日本の歴史をひもとくことができること。日本遺産は「生きた歴史の教科書」なのだ。個人的に好きなのは、今年認定された「忍びの里伊賀・甲賀ーリアル忍者を求めてー」。

日本人なら「忍者」のイメージを誰しもが共有していると思うが、その実、彼らの真の姿はよく知らない。たとえば僕はこの日本遺産で「午前中は家業に精励し、午後には寺に集まって軍術・兵道の稽古をした。いざ戦となれば村に鐘が鳴り響き、お百姓さんからお坊さんに至るまで、それぞれ得意の武器を持って立ち上がった」という忍者の日常を知った。忍びの里には関連する神社や城跡など数々の足跡が残っており、戦乱の時代を駆け抜けた忍者の姿を想像できる。

フランスを旅するとき、人はミシュランガイドを片手に旅をする。ミシュランはご存知タイヤメーカーであり、ガイドブックはパリ万博が行われた1900年に自動車運転者向けに発行された。つまり政府ではなく、民間企業がつくったものが、今日まで旅の相棒となっている。日本遺産も、認定は文化庁が行うとして、いずれはそれを素材にした商品のアイデアを民間企業が企画し、盛り上げていくのが理想かなと思う。まずはブリヂストンさん、いかがでしょうか?

有意義なお金の使い方を妄想する連載「小山薫堂の妄想浪費」
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